概要
廃止措置を開始している東海再処理施設について、今後、発生する可能性のある全ての事故を事業者が検討した結果、高レベル放射性廃液の全量が7日間にわたって沸騰し、水が蒸発して乾固する事故を唯一の事故として選定している。しかし、事業者によれば、この想定される重大な事故が発生したとしても、一般公衆の放射線被ばくは、自然放射線による1年間の被ばく量にも満たないと評価している。
これは、東海再処理施設では、今後、事故と呼べるような事態は起こり得ないと評価していることになり、驚くべき結論である。このため、筆者は、事業者がどのようにしてこの結論を導出したのかを確認するため、評価の内容を再検討し、事業者が任意に設定した条件や採用した基礎データなどについて、様々な問題点や疑問点を指摘した。
1.背景
人口が密集する地域にある東海再処理施設は、今後もかなりの期間にわたって、高レベル放射性廃液が液体のままで保管される見通しであり、東海第二原子力発電所とともに重大なリスクが潜在しています。これら施設に関する事業者の説明やパンフレットなどは、事業者にとって都合の良い一方的な内容しか含まれていないため、客観的に全体像を把握することはできません。
また、東海再処理施設において想定される重大な事故に関する資料は殆ど公開されていません。しかも、これらの資料を一般市民が入手しても、重要な部分(事業者にとって不都合な部分)がマスキングされており、断片的な情報しか確認できません。
しかし、筆者は、こうした主要なピースが欠けたジグソーパズルであっても、それらの内容を確認し、事実を把握し、それに基づいて判断することが重要であると考えています。
ここでは、事業者が実施した重大な事故の影響評価結果をチェックし、想定されている事故事象の進展、施設外へ放出される放射性物質の量及び市民の被ばく量などについて、記載されている内容を整理し、問題点や疑問点などを指摘した。
2.東海再処理施設で高レベル放射性廃液を保管する施設の概要
2.1 高レベル放射性廃液を貯蔵する貯槽、セル、冷却水及び圧縮空気の系統
東海再処理施設の高レベル放射性廃液を貯蔵する施設(HAW施設)の基本的な全体構成を図1に示す。
図1 高レベル放射性廃液貯蔵施設の基本的な構成
東海再処理施設の主工場(MP)で発生した高レベル放射性廃液は、1.4 m離れたこのHAW施設で貯蔵されており、両施設はT15トレンチ(半地下)及び連絡管路で繋がっている。また、このHAW施設で貯蔵している廃液は、T21トレンチ(地下)を経由してガラス固化施設(TVF施設)へ送り出すことになる。
HAW施設では、地下にあるコンクリートセル内に設置した大きな貯槽(V31~V36、120 m3×5基+予備1基)に廃液を保管している。廃液の強い放射能のため、セル内へ人が入ることはできません。また、常に冷却水で廃液を冷却し、圧縮空気で廃液を脈動(撹拌)し、さらに水の放射線分解で発生する水素ガスを圧縮空気で希釈し続けなければなりません。
この冷却が停止すれば、やがて廃液が沸騰し、最終的には水分が全て蒸発して乾固する。また、廃液の撹拌が停止すると、廃液に含まれる不溶解残渣(固体分)が貯槽の底などに沈殿してホットスポットを発生し、腐食が加速されて廃液が漏れ出る可能性がある。さらに、水素ガスの希釈が停止すれば、いずれ水素爆発を起こす危険性がある。
2.2 廃液貯槽、セル及び建屋の排気系統
(1)HAW施設の排気系統設備の構成
HAW施設の排気系統の構成を図2に示す。通常、高レベル放射性廃液貯槽の排気は、貯槽排気系の水洗浄塔、除湿器、HEPAフィルタ(2段)及びヨウ素フィルタなどを経てルーツ式排風機によって排気され、セル排気系へ合流する。その後、このセル排気は、HEPAフィルタ(2段)を通った後、遠心直結式のセル排風機によって主排気筒へ送られ、大気放出されている。[2: p.6-1-2-2-8、別添6-1-2-2、3:高放射性廃液貯蔵工程のp.3-12-1~12、事象進展フロー図及び定量評価書、4: p.474、5:p.482]
ここで、廃液貯槽の排気はもともと発生量が小さく、また、排気系を隔離し易くするために、2個の回転ロータで空気を掻き出すルーツ式排風機が設置されている。排風機の処理能力が小さく、インペラが回転する遠心式のように空気の流路は解放されていない。このため、排風機の運転が停止すれば貯槽から排風機までの空間が密閉状態になり、水蒸気などが大量に発生して内圧が増加した場合は、設備が破壊される可能性がある。
これを避けるため、貯槽内の圧力が異常に上昇した場合にフィルタや排風機が破損しないように、圧力を逃すための緊急放出系が分岐しており、水封槽 (2段)及びHEPAフィルタ(2段)を通った後、排風機ではなく排気自体の圧力によって排気筒から大気放出される構成になっている。
ここで、六ケ所再処理施設(RRP施設のガラス固化施設)では、高レベル放射性廃液の槽類排気系に設置されている水封槽は、水封の深さが30 cmAq(圧力を水の深さで表わす単位)になっている。つまり、排気の圧力が水深30 cmの背圧よりも大きくなると、排気がその系統を通過し始める構造になっている(RRP施設の場合は、排気が直接施設外へ放出されるのではなく、セル内へ放出される[4])。
TRP施設の水封深さは不明であるが、施設の規模から考えると、30 cmよりも浅いと考えられ、貯槽内が僅かに正圧になれば緊急放出系から排気されると考えられる。
また、水洗浄塔や除湿器で発生する放射性廃液は、廃液貯槽(V51)を経由して主工場の低放射性中間貯蔵工程へ送られる設備になっている[3:p.3.12-1]。
図2 高放射性廃液貯蔵施設の排気系統(出典:資料[2](p.6-1-2-2-8))
(2)排気系の負圧バランスが崩れると、直ちに排気が意図しない区域へ流れて汚染する
HAW施設では、給気ファンで屋外から空気を取り込み、グリーン区域→アンバー区域→レッド区域(セル)→廃液貯槽へと空気が流れる(貯槽の内部が最も負圧が深くなる)ように、空気の流れる方向とその流量をダンパ等で調整しながら排風機で排気している。
空気は常に汚染の低い区域から高い区域に向かって流れなければ、直ちに汚染事故に繋がる。このため、人が入域するアンバー区域とセルとの境界や排風機の出口側などには、逆止弁が設置されているが[5:p.482]、この詳細は不明である。RRP施設の場合では、セル換気系に設置されている逆止ダンパの耐圧は5 cmAqと小さく[4: p.477]、セル内が僅かに正圧になると破損して排気が容易にリーク(逆流)すると思われる。
また、施設全体の排気系は、各区域のフィルタ及び排風機が直列或いは並列に繋がっており、常に排気の流量と負圧をかなり狭い範囲に調整している。事故時には、このバランスが崩れてしまい、しかもその状態が時間とともに変化すると考えられる。特に、貯槽排気系は、貯槽内の負圧を所定の範囲内に調整するため、セル内の空気もバイパス配管から一緒に排気している。このため、廃液貯槽内で大量の水蒸気が発生したり、爆発が発生すれば、急激な内圧上昇によって直ちに排気が意図しない方向へ逆流し、汚染を拡大させる可能性がある。
3.冷却喪失による高レベル放射性廃液の蒸発乾固事故
3.1 高レベル放射性廃液の蒸発乾固の想定される経過
高レベル放射性廃液の蒸発乾固の原因としては、地震や津波を初めとして、設備の故障や動力電源の喪失、或いは、竜巻や大型航空機の落下による屋上の冷却水設備の破壊などが想定されている。
TRP施設の事故評価を詳細に記載した公開資料は見当たらないため、比較的情報が公開されているRRP施設に関する関連資料の内容を参考にして、蒸発乾固事故の想定される内容を表1にまとめた[4, 9]。
表1 高レベル放射性廃液の蒸発乾固事故で想定される事象の推移
高レベル放射性廃液の沸騰・蒸発乾固事故は、放射性物質が大気放出される経路の観点から表現すると、下記の①~⑤の段階を経て進むと考えられる。(図3)
ここで重要なことは、実際に実証されている段階は①の通常時だけであって、それ以降の②~⑤の段階は実際に誰も経験して確かめことのない未知の領域であるということです。特に、③~⑤の段階における事故事象の推移や人による対処については、余りにも不確定な要因が多く、具体的な根拠に基づいて想定の有効性等を証明することは不可能であり、あくまでもひとつの想定に過ぎません。
図3 冷却喪失による高レベル放射性廃液の蒸発乾固における大気放出の段階
段階①
冷却喪失によって廃液が沸騰し、大量の水蒸気や放射性エアロゾル、硝酸を含む水ミスト等が発生し、貯槽排気系内の圧力が増加する。
段階②
貯槽排気系内の内圧が緊急放出系の水封槽の背圧を超えれば、緊急放出系から排気される。しかし、HEPAフィルタは捕集した微粒子や硝酸を含む水ミスト、硝酸の熱分解で発生するNOxなどの負荷によって目詰まりし、差圧が約95~180 cmAqでフィルタが破損して排気のリークが始まる。
最終的には、放射性物質が除去されずに排気がそのまま全量大気放出される可能性が高い。(RRP施設では、貯槽内の廃液が沸騰し、水蒸気が発生して圧力が増加するため、緊急排気系などのフィルタを通して排気したとしても、いずれフィルタは機能しなくなると考えている[4]。)また、放射性ヨウ素やルテニウムは、もともと緊急放出系では基本的に捕集できない。
段階③
上記の②の全量放出を避けるため、TRP施設では、初期の段階で移動式の仮設設備を設置し、こちらから排気することによって事故を終息できるとしている。しかし、もし異常が早期に検知されず、或いは、作業員による仮設設備の設置や運転などの初期対応に失敗すれば、大量の放射性物質を含む排気がそのまま排気筒から大気放出され続けることになる。
段階④
RRP施設では、貯槽系排気の内圧が水封圧を超えるとセル内に放出される設計になっており[4:p.473]、セル内に排気を閉じ込めることで、排気の温度と圧力を下げるとともに、放射性気体をセル壁に沈着させることを意図している。
しかし、セル換気系に設置されている逆止ダンパの耐圧基準はわずか5 cmAq[4: p.477]で低く、加圧やリークにほとんど耐えられないため、貯槽内の液温やセル内の圧力を監視し、セル内圧がダンパ耐圧に達する前に、セル排気系から施設外へ排気することを考えている。この場合は、処理容量は比較的大きいものの、放射性物質の除去性能は低下する。
また、いずれは放射能が建屋内に拡大して放射線環境が悪化し、作業環境を維持できなくなれば、作業員による事故対処ができなくなると考えている[4:p.710]。そのため、さらに必要があれば放射性物質の除去は低いものの、建屋排気系から排気するとしている。
段階⑤
RRP施設では、最悪の場合には、放射性物質が除去されず、直接建屋から大気中へ放出する(地上放散)可能性が非常に高いと評価している[4, 10]。(個々の資料によって、記載内容が異なる部分がある。)
3.2 施設外から廃液貯槽へ水を注入する冷却方法は、限界がある
TRP施設では、①段階の緊急作業のひとつとして、高レベル放射性廃液の温度を下げるために、施設外から廃液貯槽内へ水を直接注入することを想定している。しかしこの方法では、排気中の水蒸気を除湿器(H46)で凝縮できたとしても、処理能力が小さく、また、汚染した凝縮廃液が大量に発生する。発生する凝縮水を中間貯槽(V45)や放射性廃液貯槽(V51)をへて、主工場の低放射性廃液貯蔵工程で処理するとしても[3:p.3.12-1]、関連設備の容量などの制約から、短時間しか運転できないと考えられる。結局、排気系フィルタの水分負荷が増加し、破損するため、事故の初期段階に短時間しか注水はできないと考えられる。
3.3 蒸発乾固事故に伴う放射性物質の大気放出の経過
蒸発乾固事故によって大気放出される放射性物質の大まかな推移を図4に示す[4, 9]。
高レベル放射性廃液貯槽の冷却水が停止すると、廃液の自己発熱によって沸騰し、水蒸気とともに非揮発性の放射性物質を含むエアロゾルや硝酸を含むミスト等が排気中へ移行する。さらに沸騰によって廃液中の硝酸が濃縮されれば、揮発性の放射性物質(特に、放射性ルテニウム)や硝酸の熱分解によるNOxガスが発生する。その後、廃液は乾固してさらに温度が上昇すれば、硝酸塩の熱分解によるNOxガスや、セシウム等の非揮発性成分が直接気化する。
図4 高レベル放射性廃液の蒸発乾固によって放出される放射性物質の変化(出典:資料[4](p.415))
4.東海再処理施設における高レベル放射性廃液の蒸発乾固事故の評価内容
TRP施設における事故評価として、廃止措置の準備を進めていた2014年3月の資料[12]に記載されている内容(評価A)と、2019年12月の廃止措置計画の変更認可申請書[1]に記載されている内容(評価B)について、事業者が推定した事故の想定内容や放射性物質の大気放出及び公衆被ばくの結果を整理した。
4.1 東海再処理施設における蒸発乾固事故の評価内容(評価A)
(1)事業者による事故事象の想定
・電源喪失に伴い、高レベル放射性廃液貯槽(5基)の冷却が停止する。
・全ての貯槽が沸騰し、水蒸気や放射性物質を含むミストが発生する。
・放射性物質及び水蒸気を含む排気が、緊急放出系HEPAフィルタを経て主排気筒から放出される。
・緊急放出系のフィルタが機能低下する。
・廃液の沸騰が24時間継続する。
(2)一般公衆の放射線被ばくの推定結果
廃液の全量が24時間沸騰し、排気が緊急放出系を経由して大気放出された場合、一般市民の被ばく線量は0.1 mSvになると推定している[11]。(ただし、地上放散は記載なし。)
4.2 東海再処理施設における蒸発乾固事故の評価内容(評価B)
(1)事業者による事故事象の想定
事業者は、重大事故となり得る事象として、冷却喪失による高レベル放射性廃液の沸騰・蒸発乾固を唯一選定し、極初期の段階で検知し、対処できるとしており、事故の拡大は想定していない。
・電源喪失に伴い、高レベル放射性廃液貯槽(5基)の冷却が停止し、槽類及びセル換気系も停止する。
・廃液温度が上昇して沸騰し、発生した蒸気が放射性エアロゾル等と一緒に緊急放出系HEPAフィルタ(2段)を経て排気される。(ここで、フィルタの除染係数 (DF)※1は、水分による性能低下を考慮して、2段で1000としている。)
・廃液の沸騰が7日間継続する。
※1 DF= (除去前のエアロゾル粒子量)/(除去後の粒子量)で、DF100は1/100 (1%)が通過することを意味する。
図5 冷却喪失による高レベル放射性廃液の蒸発乾固(出典:資料[1](別添6-1-2,
p.25))
(2)一般公衆の放射線被ばくの推定結果
事業者によれば、廃液の全量が7日間沸騰を継続し、排気が緊急放出系を経由して排気筒から施設外へ放出された場合、一般市民の被ばく線量は0.018 mSvになると推定している。
また、緊急放出系や排気筒を通らずに排気が建屋から直接放出(地上放散)された場合、一般市民の被ばく線量は0.96 mSvになるとしている。(表2参照)
表2 評価Bにおける事業者の評価条件と放出放射能及び一般公衆の被ばく
(*1) RRP施設と同じ値。
(*2)緊急放出系フィルタの水分による除去性能の低下を考慮し、RRP施設と同じ値[8]。
(*3) この値は、地上放散による放出率であると推定される[1:添四別紙4-2-1, p.47及び別添6-1-2, p.8]。
(*4)「沸騰7日間継続」とだけ記載している[1:別添6-1-2, p.25]。評価Aでは24時間としていたが、評価Bでは先行するRRP施設の想定に合わせたと思われる。
(*5)「事故選定に伴う評価結果表(1/6)」に記載[1:添四別紙4-2-1の別紙2, p.47]。
4.3 推定された一般公衆の被ばく量に関する疑問点
(1)評価Bの公衆被ばく量は、評価Aのそれよりも極端に小さい
評価AとBは、基本的には事故の継続時間だけが異なる。しかし、評価Aの継続時間を7日間とすれば、公衆被ばくは0.7mSvであり、評価Bの0.018 mSvは1/40に低下している。これは、その後の事業者による安全対策などを考慮したということかも知れないが、事業者が自在に評価している状況が窺える。事業者はこうした推定値の根拠を公開し、この被ばく量の数値がどの程度信憑性があるものか、また、考えられる変動幅などを示す必要があるのではないか。
(2)最大の事故による公衆被ばくが、自然放射線による被ばくよりも低い?
評価Bから、事業者は事故によって施設外へ放出される放射性物質の量は800 GBqであり、公衆の被ばくは0.018 mSvに過ぎず、地上放散を仮定しても自然放射線による年間の被ばく量や国際放射線防護委員会(ICRP)が推奨する平常時の公衆被ばく(暫定的な目安:年間で1mSv)よりも低い0.96 mSvあるため、「高放射性廃液の全量が7日間沸騰を継続し、施設から直接放出(地上放散)した場合においても、一般公衆に過度の放射線被ばくを及ぼすおそれはない」と結論している(幾つかのページに分散して記載されており、分かりにくい)[1:別添6-1-2のp.8, 12, 25、添四別紙4-2-1のp.37~48]。
老朽化のために新しい規制基準に対応できないとして廃止措置を決めたTRP施設が、一部の安全対策を実施したとはいえ、最も危険な高レベル放射性廃液を現在のまま保管する状況で、どんな事故が発生したとしても、自然放射線による平常時の被ばくしか発生しないと結論している。つまり、もはや事故と呼べるような事態は発生し得ないと言っていることになる。
これに対して、RRP施設では、令和元年7月の資料[13]によれば、蒸発乾固事故が発生し、重大事故等対策が機能せず、乾固にまで至った場合 (ルテニウムに対するDFは1とする)、事業者は建屋外へ放出される放射性物質の量が5,400 GBqと評価しており、TRP施設よりもはるかに大きい。
筆者には、TRP施設の事業者がどうしてこのような評価に至るのか全く理解できないし、客観的に観て妥当とは考えにくい。
しかも、原子力規制委員会はこの評価を含む廃止措置の変更申請を原子炉等規制法に基づいて認可しているが、本当にこれで良いのでしょうか(令和2年7月10日付、原規規発第2007104号)。
我が国では、2000年に「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」を制定し、高レベル放射性廃液は粉末状にしてガラスと一緒に固化した上で、地下300メートル以深の地層中に埋設し、1万年以上にわたって人の生活環境から隔離する必要があると定めています。
しかし、この最終処分は特に急ぐ必要はないし、また現在、ガラス固化を最優先で終了させるとしていますが、予定どおりに進まなくても支障はないということでしょうか。
5.放射性物質の大気放出量の推定に関する問題点
ここでは、評価Bの中で事業者が任意に設定した評価条件や適用した基礎データについて、問題点を具体的に指摘する。
5.1 評価のベースとなる放射性物質の挙動に関する基礎データの問題点
事故時に大気放出され、被ばくのかなりの部分をもたらすガス状の放射性物質として、ルテニウムは最も代表的な成分のひとつとされている。しかし、このルテニウムは、化学形態や反応機構が極めて複雑である。温度や共存する成分(特にNOx)などに応じて素早く反応し、形態が変化し、しかも実験でそれを確認しようとすると、その測定で変化してしまうので、確認すること自体が非常に難しい。
このように、模擬物質を使った多くの実験では、測定データのばらつきが大きく、物質収支が合わず、繰り返し実験の再現性が低いなどの問題があり、実験が本当に現実の事故を再現しているかどうかを確認することが難しい。
原子力学会の報告書では、今後、以下のような挙動を解明し、データをそろえる必要があると記載しているが、これらはどれも必須の基礎データです[9:p.4-1~25]。
・放射性エアロゾルの施設内移行に関する挙動
・ルテニウムの気化における化学形態の変化と亜硝酸の影響
・水及び硝酸の蒸気雰囲気中でのルテニウムの凝縮を伴う挙動
また、こうした基礎データは相互に異なる場合もあり、最終的に、基礎データとしてどのデータを適用するかは、事業者が任意に選択している。
5.2 放射性物質の大気放出量を推算する方法は不確かである
事故時に施設から大気中へ放出される放射性物質の量は、事故の発生場所に存在する放射性物質の量(MAR)をベースにして、5種類の因子の掛け算として大まかに推定している[9:p.3-6~9]。
大気中へ放出される放射性物質の量 = MAR × DR × ARF × RF × LPF
ここで、
MAR: 事故の発生場所にある放射性物質の放射能の量(Bq) (Material
at Risk)
DR : MARのうち、事故の影響を受ける放射性物質の割合 (Damage
Ratio)
ARF: 空気中に飛び出す微粒子などの割合 (Airborne
Release Fraction)
RF : 呼吸によって、人の体内へ取り込まれる微粒子の割合 (Respirable
Factor)
LPF: 放射性物質が環境中へ放出されるまでの途中経路で、除去されない割合 (Leak Path Factor)
ここで、特に放射性物質の空気中へ飛散率(ARF)と、施設外まで移動する移行率(LPF)については、評価者がどのような前提条件を設定し、どのような基礎データを適用するかによって、放出量は大幅に変動する。しかも、これらの移行率は、実際には時間の経過とともに刻々と変化するが、この推算式では何も表現できない。
図6 5因子法による放射性物質の大気放出量の推定(出典:[9](p.3-9))
5.3 放射性物質の大気放出量を推算する移行率は、非常に不確かである(例)
評価Bにおけるフィルタの除染係数や移行率、大気放出量及び公衆被ばくを図7に示す。
事業者は、貯槽排気が緊急放出系を経由して放出する場合には「緊急放出系HEPAフィルタDF」1000を適用し、地上放散する場合には、LPFに相当する「建屋外への移行率」0.01を適用して、放出量を算出していると考えられる。
事業者は、この「建屋外への移行率」の根拠として1969年に開催された国際会議の要旨集に掲載された論文[12]を挙げているが、この論文の移行率は、事故対応の組織や訓練計画を検討するための非常に近似的な数値である。
また、建屋から大気放出されるエアロゾルの移行率として、爆発事故では1.0、火災の発生や貯槽が破損した場合は0.1、さらに排気がフィルタを通過する場合は0.01としている。
しかし、事業者は、セル内から施設外への移行率について、閉じ込め壁1枚当たりで移行率が1/10になるとして、セル壁と建屋の外壁の2枚分で移行率は1/100になると設定しているが、全く実態のないものである[1:別添6-1-2, p.8]。むしろ、上記の区分に従えば、地上放散はフィルタを経由していないため、移行率は少なくとも0.1とすべきである。
そもそも、国の安全研究を行っている研究機関が、50年以上も前の曖昧な数値を適用して環境放出量を推定し、公衆被ばくを算出しているのは驚くべきことである。
図7 除染係数及び移行率による大気放出量と公衆被ばく量の変化
高レベル放射性廃液の全放射能量から逆算すると、貯槽からセル内の空気中へ移動する放射性物質の比率(5因子式のDRとARFに対応)は、約2/100000と仮定されている。この数値についても、事業者がどのような根拠で設定し、どの程度変動する可能性があるかを説明すべきである。
5.4 事故時におけるHEPAフィルタのエアロゾル除去性能の低下
(1)フィルタ差圧の上昇による影響
通常、HEPAフィルタの最高使用(相対)湿度は、結露が発生しない100%RHであり、フィルタ差圧が約95~180 cmAqまで増加すると、排気のリークが発生する[7:p.367]。また、十分な量の粒子状物質を負荷したHEPAフィルタでは、差圧が91~200 cmAq(平均163 cmAq)を超えるとフィルタが構造的に破損すると報告されている[8:p.3-49]。
また、旧原子力安全基盤機構の検討では、貯槽排気系HEPAフィルタ(2段)のDFは、通常の健全時は1000×100であるが、資料[7]を参照し、フィルタの差圧が100 cmAqを超えればフィルタは破損し、その場合のDFは1段当たり10低下するものとし、2段あれば10×10=100に設定している[9:p.7-21]。
(2)排気中の水蒸気及び水ミストによる影響
排気中の水蒸気の結露や水ミストによってHEPAフィルタの差圧が上昇し、ろ過材の強度や除染係数(DF)が低下し、差圧が25 cmAqを超えるとろ過材が破損して排気のリークが発生する[6:p.555]。
これはNUREG/CR-6410[8]でもほぼ同様で、相対湿度が95%RHを超える環境では、差圧が25 cmAqまで増加すると、HEPAフィルタが構造的に損傷するとしている。
また、図8に示すように、水噴霧によってフィルタのろ過材が深さ20 cmまで水分が蓄積(浸透?)した場合には、HEPAフィルタを透過するエアロゾルの透過率は、ベースラインを0.1%とすれば、このベースラインの10倍(1%)まで影響を与える(増加する)という意味であろうと考えられる[8:p.F-11, 12]。
しかし、僅かにこれだけの情報しか記載されておらず、その内容も非常に曖昧である。TRP施設及びRRP施設では、この記載内容を根拠として事故時における放射性物質の大気放出量を算出しているが、これをどのように理解して実際に適用するかが問題となる。
また、この資料では、記載しているデータは不確かさがかなり大きく(subject
to considerable uncertainty)、不確かさを詳細に研究している原子炉確率論的リスク評価PRAs)においても、炉心溶融や閉じ込め失敗の頻度評価、ソースタームの特性及び大気拡散、さらに結果の解析などのような全ての要素について、不確かさを統合した研究は行われていないと明記している[8:p.F-12, G-1]。
図8 HEPAフィルタの構造損傷に対する実験値(出典:資料[8](p.F-12]))
RRP施設では、上記の資料の記載内容を採用し、水ミストの影響でフィルタのDFは1段当たり一桁低下すると理解して、フィルタ(2段)の通常時のDFは1000×100であるが、蒸発乾固事故時はDFを100×10=1000(つまり、99.9%捕集する)と設定している[4:p.704]。TRP施設も同様に、緊急放出系フィルタ(2段)のDFを1000としており、RRP施設に合わせたものと思われる。
HEPAフィルタは、水ミスト(エアロゾル、硝酸分は存在しない!)を9 kg/hで7日間連続的に負荷した場合、捕集効率は最低99.7 %まで低下するが、フィルタは破損しないとの報告[9:p.4-6]もあるようだが、緊急放出系から7日間継続して排気した場合、大量のエアロゾルを捕捉して差圧が上昇し、さらに水や硝酸のミストによってフィルタ枠や濾材等が浸食され、構造的に破損する可能性がある。
(3)緊急放出系では、放射性ヨウ素やルテニウムは除去できない
放射性ヨウ素やルテニウムなどは、本来、専用の吸着フィルタ※2(活性炭や銀ゼオライト等の固体吸着剤)で除去しなければならない。しかし、緊急放出系は排気圧力や流量などを予め設定できないため、排風機を設置することができない。その結果、排気はその時の排気の圧力に従って勝手に流れる設備になっている。このため、圧力損失の大きなヨウ素やルテニウムを吸着するフィルタは、設置されていない。
※2 ヨウ素129は、半減期が約1570万年で放射能がいつまでも残る。再処理工場で発生した使用済みヨウ素フィルタ(AgX、活性炭)は、廃棄物処理場(AAF)と主工場に保管されており、特にAAF施設では、地震・津波によって浸水すれば、専用の保管容器(33基)が建屋外へ流出する可能性があるとしている[14]。
6.事前の安全対策が機能せず、事故対処にも失敗した場合を評価するべきである
上記の事業者による事故評価は、事業者が事前に実施した安全対策等が想定したとおりに全て機能し、また、仮設設備などによる緊急対処が成功した場合にのみ成立するものである。
前述のように、事業者が試算した放射能の放出量や公衆の被ばく量は、多くの不確定な要因を含んでおり、何ら実証された訳でもありません。また、大きな事故が発生しないことを保証するものでもありません。
重大な事故による影響評価は、むしろ事前の安全対策が想定どおりに機能せず、初期の緊急事故対処にも失敗して事故が拡大してしまった場合を想定して、それによって発生する可能性のある被害を評価するものでなければ無意味です。事業者から観た希望的な主張では意味がありません。
緊急放出系HEPAフィルタのDFが7日間一定で変化しないとは到底考えられない。早い段階で大幅に低下し、仮に、フィルタが大きく破損し、施設内で空気中へ飛散した放射性物質が全て大気中へ放出されるとすれば80,000 GBq、これによる公衆の被ばく量は18~96 mSvとなり、これが事業者による評価Bの最大値と考えることもできる。
実際にこの蒸発乾固事故が発生すれば、放射性物質が大量のNOxガスとともに、赤褐色の放射性プルームとなって長期間施設外へ放出されると想定され、広範な地域で現状を回復できない致命的な被害が発生するおそれがあります。
この地域で生活している100万人をはるかに超える市民が、自分の意思で「そのリスクを受け入れるか否か」を選択できないということが、何よりも問題なのです。
7.廃液や放射性物質の逆流による漏えい・汚染の発生
7.1 給排気系を経由した排気の逆流による施設内の汚染の拡大
前述のように、給排気系は大きなネットワークとして繋がっており、各排風機の排気能力は一定であるため、各系統の負圧や排気流量のバランスは各ダンパの開度等を変更して調節しており、許容できる変動幅は殆どない。このため、どこかで大量の水蒸気発生や爆発などが起こると、バランスが崩れて排気が容易に逆流し、意図しない区域で汚染が拡大し、人による事故対処ができなくなる可能性がある。
ちなみに、TRP施設のガラス固化施設(TVF)では、貯槽内で高放射性廃液の沸騰によって水蒸気が発生した場合、槽類換気系のインテーク弁を開放して貯槽の排気を固化セル内に逆流させ、さらに固化セルの圧力放出系からHEPAフィルタを経由して排出すると記載されている[1:p.25]。
7.2 計測機能の喪失や計測配管への逆流による汚染の拡大
そもそも、貯槽やセルの排気系がプラスの正圧になることを想定していない。貯槽内の廃液の液位や密度を測定するため、外部から圧空を供給するパージ式液位計が設置されているが、その供給量は僅かであり、内部の負圧状態には全く影響しない。
本来、パージ式液位計が正常に機能するためには、供給するパージ空気の圧力が背圧よりもほんの僅かだけ大きくなるように調整し、廃液中に液浸したパージ配管の先端から少量の気泡がゆっくり液中に放出されるような状態に常に維持しなければなりません。このため、水蒸気によって貯槽内の圧力が次第に上昇し続ければ、この背圧に追随するように液位計へ供給する圧空の圧力を調整しなければなりません。逆に、液位計へ供給する圧空の圧力を調整するためには、内圧を正確な把握しなければならず、実際に液位計が機能するかどうか疑問である。
また、液位計がパージ圧空の圧力レベルが変化すれば、測定値が影響されるかも知れない。事故時に計測機器が機能を失って事故現場の状況を把握することができなければ、深刻な事態となる。
さらに、図9に示すように、事業者は、緊急時には可搬式のマノメータや温度計などを使うとしているが、設備内の圧力レベルがかなり高くなれば、これらのマノメータや緊急に接続する移動式の事故対処設備(圧空、冷却水)も含めて、様々な計測配管などへ廃液や放射性排気が逆流する可能性も否定できない。この場合、事故現場から遠く離れた施設外で、重大な汚染が発生することになる。
図9 監視に必要な可搬型計測設備(液位、密度、温度、換算表等)の配備(出典:資料[5](p.463))
8.送液配管の破断による高レベル放射性廃液の漏えい事故の評価(参考)
ここでは、事故の影響評価Bの中で事業者が事故として認定しなかった高レベル放射性廃液貯槽(V35)に貯蔵する廃液の「配管破断による漏えい事故」(表2参照)について、その問題点を追記する。
この廃液漏えい事故について事業者は、「放射性物質を含む液体を保有する貯槽について、移送時に配管から10分間
(漏えいの発生後10分で対応できると想定) 漏えい」したと仮定して評価したと明記している[1: 添四別紙4-2-1、p.40]。その結果、この10分間に漏えいする廃液量は2 m3であり、この漏えいによって施設外へ放出される放射能量を2.2 GBqと推定し、この放出量は十分に低いとして事故には選定していない[1: 添四別紙4-2-1、p. 37~48]。
ここで、事業者は廃液の漏えい時間を10分間と仮定した根拠は、10分間あれば、漏えいが検知され、作業者が送液ポンプの停止などの操作を行えるとしているためと推測される。
しかし、計器の不具合や作業者の何らかの事情で対応が遅れることも考えられ、公衆の被ばく量が、単純にこの漏えい時間に比例して幾らでも増減することを考えれば、これは余りにも事業者にとって有利で、安易な仮定である。このような事業者の対応は意図的な印象があり、客観的に妥当なものかどうか、おおいに疑問である。また、むしろ、10分で対応できなかった場合を想定した評価を行うことに意味がある。
Review of the Operator’s Impact Assessment of the Liquid HLW Evaporation to Dryness Accident at Tokai Nuclear Fuel Reprocessing Plant
Keywords: storage of highly-radioactive liquid waste, severe
accident, radiation dose, underestimation, loss of cooling, evaporation to
dryness, decommissioning, Tokai nuclear fuel reprocessing plant
主な参照資料:
[1] 核燃料サイクル工学研究所 再処理施設に係る廃止措置計画変更認可申請書、令01原機(再)022(令和元年12月19日)、JAEA、添四別紙4-2-1のp.37~48、別添6-1-2、安全上重要な施設の選定について、p.8~25、https://www.nsr.go.jp/data/000295421.pdf
[2] 核燃料サイクル工学研究所 再処理施設に係る廃止措置計画変更認可申請書の一部補正、令02原機(再)020(令和2年5月29日)、JAEA、p.6-1-2-2-8、別添6-1-2-2、https://www.nsr.go.jp/data/000313045.pdf
[3] 東海再処理施設の事故の発生防止策の検討
第3分冊(1999年2月)、JAEA、高放射性廃液貯蔵工程p.3-12-1~12、別紙-1事象進展フロー図及び定量評価書、別紙-2
[4] 資料23-4、参考1 蒸発乾固の事象進展と対処の有効性, p. 415, 473~477、参考2 蒸発乾固における放出量の評価の詳細, p.602、参考11 重大事故等対策についての補足, p.704~706(RRP)、原子力規制委員会、https://www2.nsr.go.jp/data/000285334.pdf
[5] 核燃料サイクル工学研究所 再処理施設に係る廃止措置計画認可申請書の一部補正、29原機(再)067(平成30年2月28日)、JAEA、p.463、p.482
[6] 尾崎 誠 他、「高性能エアフィルタの苛酷時健全性試験(Ⅳ)多湿試験」、日本原子力学会誌、28[6]、551 (1986)、p.555
[7] 尾崎 誠 他、「高性能エアフィルタの苛酷時健全性試験(Ⅶ)圧力変化試験」、日本原子力学会誌、30[4]、365 (1988)、p.367
[8] NUREG/CR-6410, Nuclear Fuel Cycle Facility Accident
Analysis Handbook, US NRC, March 1998、p.3-49, F-11, F-12
[9]「再処理施設において想定される事故の影響評価手法の現状と課題」(平成29年1月31日)、日本原子力学会、p.7-21
[10] 六ケ所再処理施設における新規制基準に対する適合性―径路外放出及び管理放出の補足説明、p.1~8、https://www2.nsr.go.jp/data/000268275.pdf
[11] 東海再処理施設(TRP)におけるプルトニウム溶液及び高放射性廃液の固化・安定化の実施(平成26年3月13日)、JAEA、p.18, 48
[12] E. M. Flew et al. “Assessment of the Potential Release of Radioactivity from Installations at AERE, Harwell. Implications for Emergency Planning”, IAEA-SM-119/7, p.664(1969)
[13] 日本原燃株式会社再処理事業所再処理施設の新規制基準適合性審査における今後の審査の方針について(令和元年7月3日)、原子力規制庁、p.3
[14] 分離精製工場(MP)等の津波防護に関する対応について(令和2年11月19日)、JAEA、https://www.nsr.go.jp/data/000334855.pdf、p.127~131
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